福島家庭裁判所 昭和46年(家)340号 審判
〔主文〕申立人等がその氏「坂下」を「上田」に変更することを許可する。
〔理由〕1 申立人等は、その氏「坂下」を「上田」に変更することを許可する旨の審判を求めた。
そして、その理由として、
(1) 申立人坂下憲治は父坂下勇母ともの二男として出生し、昭和二八年一一月八日父の姉上田さよ子と養子縁組をした。
(2) 次で、同申立人は、同三二年四月九日申立人みち子(婚姻前の氏は吉田)と婚姻し、夫の氏を称し、その間に四子を儲けたが、現在生存しているのは、長男秀也同三五年八月一五日生と三女洋子同四〇年五月一日生とである。
(3) 申立人憲治は、同四六年五月一〇日養母上田さよと協議離縁したので、縁組前の氏に復し、申立人みち子は法律上当然その夫の氏を、上記二子はその父母の氏に変更する手続をして、その姓は坂下である。
(4) 申立人憲治は、その家族とともに、養母と三か月位しか共同生活をしていないが、縁組存続中養母と融和を欠いたことがなく、協議離縁も、養母からこれ以上迷惑をかけたくないし、祭祀の承継までしてもらつては気の毒であるから離縁したいといわれたため、するにいたつたものである。
(5) 申立人憲治は、縁組以前から第一級○○技術士として○○設備の操作に従事し、縁組後は上田の名称で、仙台、盛岡等で勤務した後、同四六年四月から○○公社福島○○所に○○長として業務についており、その間同四三年二月一日から同四六年二月一日まで、同公社東北○○局管内○○部教官として○○訓練特殊○○技士の養成、災害○○訓練その他○○に関係ある訓練を東北各地で行つたりしたため、業務上同公社内外の人との接触が多く、その居住地も全国に跨がり、また教官時代の訓練生も多数東北各地に散在し、日常の業務もその仕事の地域が広く、家庭においても、縁組後離縁まで約一八年間上田の氏を称し、本年四月転校した小学五年の長男が離縁による復氏を納得しないため、学校の了解を得て、学校生活でも旧姓を使用している有様である。
(6) それで、申立人等は、その知人、申立人憲治の教え子等から、姓が上田であると思われ、家族一同も上田姓に愛着を感じている。
(7) 従つて、いまさら、申立人等の氏が坂下であるということは、申立人等とは別人と思われ、業務上種種支障をきたし、社会生活上著しい不利、不便、不都合が多い。
よつて、申立人等の氏「坂下」を「上田」に変更することの許可を求める次第である。というにある。
2 <証拠略>及び本件記録によると、申立人等申立の事由は全部これを認めることができるほか、離縁前の養母上田さよも申立人等の改氏に賛成していることが認定できる。
3 戸籍法第一〇七条第一項はやむを得ない事由があるときは氏の変更が許されるとしているが、氏が名とともに個人の標識であつて、社会活動も特定の氏を称する個人が中心としてなされ、戸籍も氏を基本として編成されているものであるから、その変更はこれを容易に許可すべきでなく、その上離縁によつて縁組前の氏に復した養子がもとの養母の氏に変更することは、同一呼称になることであつて、それらの氏が、法律的にはそれぞれ別個の氏であるとしても、結果的には、民法第八一六条を無視するに等しく、離縁の事実を知らない第三者において、養親子関係継続中と誤信することもあるから、やむを得ない事由とは、復氏後の氏を使用することによつて個人の同一性を害し、社会生活上著しい支障を生ずる場合に限定し、ことに、離縁による復氏の氏を変更して縁組当時の氏にするについては、離縁原因に対する責任の有無についても考慮を加え、許可の基準とするのが相当であるとすべきであり、そして、かかる事由が存在するときは、呼称秩序の静的定全確保もまたやむを得ないというべきであるところ、上記認定の事情のもとでは、申立人等にその戸籍上の氏の使用継続を強いることは、申立人等の社会生活、申立人憲治の業務活動等に滲透した特定性を害し、社会活動上著しく不利不便で、生活の諸分野にわたつて混乱を生ずるものと思料され、かつ、離縁原因についても、申立人憲治にのみ原因があつたものでないこと前認定の通りであり、そのほか氏の変更を悪意に利用しようとしている事情は認められないから、本件申立は氏の変更につき、やむを得ない事由があるときに該当すると解すべきである。
4 よつて、申立人等の氏を「坂下」から「上田」に変更することを求める本件申立は、これを許可すべきものとし、主文のとおり審判した。
(早坂弘)